書籍・雑誌

書評 『デジタル文化資源の活用 : 地域の記憶とアーカイブ』 NPO知的資源イニシアティブ編 勉誠出版(2011)

「図書館界」63(6)(2012/3)掲載

 近頃、MLA(Museum, Library, Archives)連携を巡る議論がかまびすしい。こうした状況の背景には、連携の基盤としての資料のデジタル化やネットワーク化の一層の進展とともに、財政緊縮に伴う運営面からの危機感もあろう。ではそうした中、MLA連携とはいったい何を行うことを指すのだろうか、そして連携の先にはどのような像が結ばれるのだろうか。近年、主なものだけでも数冊のMLA連携を扱った図書が出版されているが、本書はその中でMLA連携を一つの切り口とした政策提言の書として読むことができる。

 ここで本書の構成を紹介する。まず、青柳正規(国立西洋美術館長)、高山正也(国立公文書館長)、長尾真(国立国会図書館長)の三氏による各組織のトップの視点と立場からMLA連携のあり方を語る鼎談を第1部に置く。続く第2部と第3部では、総勢11名の著者による論が展開される。第2部は「「連携」から「活用」へ」として、MLA連携の課題と展望とともに個別の事例を述べる。第3部「求められる制度と政策:デジタルアーカイブの構築を目指して」は、本書が構想するMLA連携像とともに、その実現のための制度設計を示す。以上により、NPO知的資源イニシアティブが開催したMLA連携の方向性を探るラウンドテーブルを元に「一連の議論と実践で明らかになってきた課題を明確にし、その課題を解決していく上での方向性を提示すること」に重点をおいている(岡本真氏「まえがき」)。

 さて、MLA連携を扱う類書を見ると、相互の類似点と相違点を巡る議論とともに、様々な個別の取り組みが紹介されている。ここからはMLA連携が実際には簡単ではないことが読み取れよう。例えば本書巻末にも、MLAの現状を職員数や来館者数、予算規模等から対比する「関連資料」が付されている。ここで館数をとって見ても図書館の4592館に対し、博物館は1356館、文書館にいたっては73館に過ぎない。こうした規模の違いは、具体的な連携におけるモデルを描きにくくするものだろう。松永しのぶ氏は「文化機関が連携するために」で、こうしたMLAの現状を整理するとともに、それぞれが扱う資料の性格、拠って立つ制度、職員の専門性の違いを指摘する。さらに言えば、例えば同じ図書館における公立図書館と大学図書館間のLL連携一つをとっても、制度的な課題等はもとより同一館種内に閉じがちな職員の意識もあいまって、具体的な連携はたやすいものではない。

 また、「図書館を核にしたMLA連携」として、慶應義塾大学におけるいくつかのチャレンジングな取り組みを紹介する入江伸氏は、多様な連携は必須としながらも、現状のMLA連携が広範な組織間の連携につながっておらず、かつ連携が必要な具体的プロジェクトも進んでいないとする。これは、先に述べたようにMLA連携として紹介される事例が個別の取り組みであり、その先にある連携の具体像が見えにくいことと通底する。さらに「学内における連携の取り組みは、組織や所蔵資料の再編へ直結する可能性を持つため難しい面がある」とし、明確なグランドデザインを欠く安易な連携の危険性を指摘していることには、留意すべきだ。

 ところで、本書のタイトルにもあるようにMLA連携の議論でキーとされるのは、資料のデジタル化である。しかしながら、90年代以降の大学図書館において取り組まれてきた資料の内製電子化による電子図書館が必ずしもメインストリームとなっていないように、利用と一体的なデジタル化でなければ、一部のかつ内向きの取り組みになってしまうだろう。もちろん増加し続けるボーンデジタル資料への対応は必要だが、技術先行の個別的な取り組みに陥ることのないよう、標準化と併せたMLA間の実質的な連携基盤の整備やMLAの外側との関係性も連携を巡る議論においては重要である。境真良氏が「デジタル化と著作権制度」で提案する文化資源としてのデジタルコンテンツを巡るライセンスモデル構築の議論もその一環であろう。また、第1部の鼎談で司会の吉見俊哉氏が「MALUI連携」として、人材育成の場としての「University」との連携、財政的な裏づけと人材活用のために「Industry」との連携の必要を訴えるのもこうした観点による。

 さて、ここまで連携の難しさを述べたが、一方で「内なるMLA連携」として岡野裕行氏が事例を示す文学館のように、従来MLAの要素を内包している施設も少なくない。また、歴史的、制度的経緯から分立しているMLAであるが、デジタル化の如何を問わず、資料を蓄積、整理、提供する社会における装置として、本質的な役割に変わりはないものである。以上を踏まえて、本書が提示するMLA連携のキーを3点あげる。「公共」という枠組み、「デジタル文化資源」という対象、それを支える「文化情報コーディネーター」という人材像である。

 南学氏の「「新しい公共」の概念とその構築」と藤原通孝氏の「指定管理者制度を超えて」では、従来の「公立」図書館が蔵書数や貸出し数を主要な活動指標としてきたこと、その役割が情報提供主体や情報収集手段の多様化により「情報提供の公共的空間」に変わりつつあることを指摘する。そこでは、いわゆる官製ワーキングプアの温床ともされる指定管理者制度もその最適化と評価制度の確立を前提に、一つの経営モデルとして示される。官が各種の事業を担う必然性が厳しく問われている今、官立MLAには経営感覚とともに、MLAという装置が担う役割への明確なビジョンが求められている。

 ここで、本書においてMLAが今後担うべき役割として示されるのが「デジタル文化資源」の構築と提供である。「デジタル文化資源構築の意義」において柳与志夫氏は、電子書籍を例に「マルチメディア化、オープン化・ネットワーク化、可変性、断片性と蓄積性、編集性」をキーワードに、今までパッケージに閉じ込められていた「文化資源」、つまり知のデジタル化における可能性を示す。しかし、言うまでもなくデジタル化されただけでは、文化資源とはなりえない。そこで、その文化資源としての社会的位置づけを担保するのが「公共性」という概念であり、それを支える装置としての役割が公共的利用を前提とするMLAに共通するものとされる。このような議論は、情報・知識の世界に構造変化が起きているとし、今後の図書館の方向性を論じた柳氏の前著(『知識の経営と図書館』勁草書房, 2009)から一貫したものであろう。

 また、こうした今後のMLAという装置とその連携という仕組みを支えるべき人材として、福島幸宏氏が提示するのが「文化情報エディター」、「文化情報コーディネーター」というモデルである。「地域拠点の形成と意義」では、パッケージ化されずに地域に遍在している多様な文化資源を「プレ文化情報資源」と位置づける。そしてそれらを収集、保存し「文化情報資源」として活用するスキームが示される。それは、地縁を生かしたローカルレベル拠点である「地域サテライト」、ついでリージョンレベルで中核都市単位の既存MLA施設が担う「地域拠点」、さらにナショナルレベルとして全国に数箇所設けられる「広域圏拠点」の3階層モデルである。まず地域サテライトは町・村の文化拠点としてボランティアベースで運営される。一方、地域拠点と広域圏拠点にはそれぞれ文化情報エディター、文化情報コーディネーターが配置され、従来の司書や学芸員の役割に加え、情報や人のつながりを編集し、コーディネイトする役割も担うという。ここでは地域への視点とともに、MLAの組織と人材の融合的あり方が主張される。もっとも各地域の特性や制度上の課題もあり、統合的モデルの構築には課題も多い。しかし、西口光夫氏が「地域情報は住民のなかにある」として述べる住民を巻き込んだ北摂アーカイブスの活動は中核市におけるモデルの一つであろう。また、「文化施設連携の効能と課題」で松岡資明氏が紹介する大阪を拠点としたエル・ライブラリーによる労働関係資料の収集活動や新潟県十日町市における古文書や写真といった地域資料を巡る地域住民と十日町情報館(市立図書館)の活動事例も都市や地方でのモデルといえる。

 続けて佐々木秀彦氏は「新しい担い手の創出」の中で、「文化情報コーディネーター」の養成モデルを論じる。また、文化資源を構築整理し、価値を付与して提供する従来の専門性とともに、求められる資質としてコミュニケーション力やマネジメント力を強調する。ここでは、文化情報のスペシャリストでありながら、狭い専門性に閉じこもらないファシリテーターとしての専門職像が求められている。

 最後になるが、冒頭の鼎談のタイトルは「記憶のちから」である。東日本大震災後にものされた本書の背景には、デジタル化等の状況における文化資源活用の可能性とともに、社会の記憶を如何に次世代に残すのかというMLAの本質への問いがあるように思う。そうした本書は、MLA連携のあり方はもちろんのこと、これからの図書館のあり方を構想する手がかりの一つにもなるだろう。

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変化の時代と大学図書館 : 本の紹介

「大学図書館問題研究会京都支部報」211号(2003/2)掲載 

 「本の紹介」の第二回目も、前回にならって、テーマに沿って何冊かの本に触れる形をとらせていただきたいと思います。並べた本からひねり出したこのテーマ、なんとか脱線せずに、最後までご紹介できていればいいのですが・・・。

 今、大学は大きな変化の中にあると言われる。もっとも、「変化」は今に始まったことではないし、これからも続いていくものであろう。しかし、さまざまな方向からの変化の波が、形や大きさを変えて打ち寄せているのは、どうやら確かなことのようである。
 『大予測10年後の大学:日本の大学はここまで変わる』1)
この本は、社会構造や経済構造の変動、「大学」に対する期待の変化などの状況のもと、日本の大学の今後を予想する。少子化による大学経営の危機、国立大学の法人化、授業形態のあり方など、複数の著者が多様なテーマを論じており、現在の大学をめぐるトピックを概観することができる。大学職員の役割は教員の下請けではなく、学生支援や大学と社会の関係作りを始めとして、大学経営におけるより積極的役割と企画・マネジメント能力が求められる、との指摘は、図書館にも無関係ではないだろう。

 変化の波の中で電子化・情報化の波は、図書館に既に直接的な影響を与えている。この波が、大学と大学図書館のあり方に与える影響を考察しているのが、次の本である。
 『デジタル時代の大学と図書館:21世紀における学術情報資源マネジメント』2)
本書は、図書館員に限らず、学長や研究者など多様な著者の様々な主張からなる論文集であり、論考の舞台は主にアメリカである。しかし、コスト面から図書館のこれからの方向性を考察する「伝統的図書館存続の危機と高等教育への脅威」、デジタル時代における図書館員の役割を示す「なぜウェブは図書館ではないのか」といった論文をはじめ、日本にも共通する問題提起は多い。原著のタイトルは、『継続性の蜃気楼』。「今起こっている変革のなかで、大学における旧来の枠組みの継続性は、幻なのではないか」というメッセージであるという。変化の波の中にあって、何が変わり何が変わらないのか、という視点で通読しても、これからの図書館のあり方、大学のあり方、図書館と大学との関係性において、示唆を得るところは多い。

 変化の中では、利用者像も常に同じではない。図書館がサービスを提供する組織である以上、利用者=顧客のニーズに応じて、サービス像も変化していくべきなのは言うまでもないだろう。
 『図書館の評価を高める : 顧客満足とサービス品質』3)
本書は、マーケティング手法を用いて、利用者の図書館に対する期待を把握する調査法、利用者の満足を指向するサービス・プラン策定やサービスに対するフィードバック評価のあり方などを解説する。また、「図書館の使命」であるミッション・ステートメントを明示する重要さを指摘し、これをサービス優先度の判断基準や結果の評価基準などに用いることで、図書館運営を裏付けるものとして位置づける。実際のミッション・ステートメントの例や各種調査票なども掲載されており、参考になるだろう。

 ミッションにもとづく組織運営のあり方を考えるための一例として、企業マネジメントのための内容になるが、次の本がある。
 『ミッションマネジメント:価値創造企業への変革』4)
第1章「企業経営とミッションマネジメント」では、「「存在目的と事業」「願望」「価値観」からなるミッション体系を企業の「意志」として活動のトップに据え、そこから導かれる戦略と方針を実行に移し、その結果を評価する」という、ミッションマネジメントの概要が説明される。つづく第2章「ミッションの設定」では、優れたミッション・ステートメントの要件が述べられる。もっともこうしたミッションマネジメントは、利潤という明らかな達成目標がないという点で、むしろ非営利組織にとって重要であることは、従来言われてきたところであろう。また国立大学には、「目標・評価」の仕組みとして、法人化後の運営体制に取り入れられようとしている。本書は、あくまで企業経営の文脈で語られており、すべてがそのまま図書館に適用できるものではないが、第1章と第2章で示される、ミッションマネジメントの大枠についてだけでも、得るところはあるように思う。

 以前、ミッション・ステートメントについて書いたおりに(大図研京都支部報No.208)、「図書館は「誰のために何をするか」を「外」に対してわかりやすく伝えてこなかったのではないか」といったことを述べた。変化の大きな時代において、「図書館とは何か・何ができるのか・なぜ図書館でなければならないのか」という自らの存在意義の確認、そして今後向かおうとする方向を明確に示すことは、図書館自身にとっての意味はもとより、設置母体である大学等を始め、図書館組織外部に対しても欠かせないものとなるだろう。「図書館をどう見せるか」という「戦略」が、いっそう問われているといえる。
 『図書館広報実践ハンドブック : 広報戦略の全面展開を目指して』5)
この本は、「広報」を図書館にとっての「戦略」と位置づける。そのうえで広報手段として、「中長期計画書」「図書委員会」といった組織レベルのものから、「投書箱」のような直接利用者に対するものまで、これらを効果的なものにするポイントを含めて、多くの実践的な例をあげる。そしてこうした広報を試みるとき、図書館の内部に立ちふさがる「カベ」の数々(これらは「所詮無駄」説、「教員無理解」説、「利用者=わがまま」説のように命名される)が、失敗の経験にもとづいて分析される。そこで各「説」を説得し、組織としての広報の実現へ導く方法を逐一示してくれるところが、「実践ハンドブック」たるもう一つの所以だろう。まずはできる手段から実践してみるための手引きとして、また大学の中でどのように図書館の存在を主張するかという外への視点、さらに図書館自らが変わるための図書館自身に対する内への視点を磨くきっかけとしても、なかなか充実の一冊ではないだろうか。

1) 『大予測10年後の大学 : 日本の大学はここまで変わる』 大学未来問題研究会編著 東京:東洋経済新報社, 2001.7 246p ; 21cm ISBN:4492221999
2) 『デジタル時代の大学と図書館 : 21世紀における学術情報資源マネジメント』 B. L. ホーキンス, P. バッティン編 ; 三浦逸雄, 斎藤泰則, 廣田とし子訳 町田 : 玉川大学出版部, 2002.3 370p ; 22cm. -- (高等教育シリーズ ; 112) ISBN:4472402661
3) 『図書館の評価を高める : 顧客満足とサービス品質』 Peter Hernon, John R.Whitman ; 永田治樹訳 東京 : 丸善, 2002.9 xiii, 225p ; 21cm ISBN:4621070851
図書館におけるマーティングについては、次に訳者をはじめとする論考がある。「特集:図書館のマーケティング」『情報の科学と技術』49(2):1999.2
4) 『ミッションマネジメント : 価値創造企業への変革』 アーサーアンダーセンビジネスコンサルティング著 東京 : 生産性出版, 1997.11 349p ; 20cm ISBN:4820116223
5) 『図書館広報実践ハンドブック : 広報戦略の全面展開を目指して』 私立大学図書館協会東地区部会研究部企画広報研究分科会編集 東京 : 日本図書館協会(発売), 2002.8 303p ; 21cm. --(企画広報研究分科会活動報告書 ; No.4) ISBN:4820402021

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シンポジウム「大学出版会と大学図書館の連携による「新しい学術情報流通の可能性を探る」」参加報告 : 大学出版会と大学図書館の連携を巡って考えたこと

「大学の図書館」 27(5)(2008/5)掲載

はじめに
 「デジタル環境下にあって、伝統的に学術情報流通の一翼を担ってきた大学出版会と大学図書館が、研究者、利用者のニーズに応えるために新たなる連携をすることは、果たして可能なのでしょうか?」 この問い掛けに始まるシンポジウム 注1)が、2008年3月12日(水)に、慶應義塾大学三田キャンパスで開催された。会場は定員を超える参加者でいっぱいであり、出版関係者、図書館員、教員など多様な顔ぶれも、テーマへの関心の高さをうかがわせるものであった。

「理念、仕組み、サポート」
 第1部は、3つの事例報告が行われた。
 現在、京都大学学術情報リポジトリ上では、京都大学学術出版会の出版物が、電子化され無料公開されている 注2)。鈴木哲也氏(京都大学学術出版会)は、出版ニーズの増大や大学教育の変質の指摘から説き起し、新しい学術コミュニケーションと出版ビジネスのあり方の可能性から、図書館との協働に至った背景を語った。とくに、「生業を越えて出版の理念を問い直す機会」として、図書館員との日常的な交流の意義を強調された。
 KOARA(慶應義塾大学機関リポジトリ)での学内出版物公開においては、慶應義塾大学出版会との連携のもと、学会と投稿規程見直しを行った上で、出版者・印刷会社を経たメタ・データ付きPDF ファイルを受け入れ、通常の図書館業務フローで処理するという、非常にシステマティックな「仕組み」を構築しているという。入江伸氏(慶應義塾大学メディアセンター本部)は、図書館がデジタル全文サービスのノウハウを構築する必要性を指摘しながら、出版サイドには、電子的出版を前提としたコンテンツ作成と技術整備を要望された。
 安修平氏((株)早稲田総研クリエイティブ)は、デジタル技術を活用して学内者に出版機会を提供するという同社の設立コンセプトを説明された。出版企画委員会が出版可否を検討し、市販する学術書とそれ以外の簡易版学術書および教科書にカテゴライズした上で、大学等からの費用負担という「サポート」を行って出版するモデルを想定しているとのことであった。
 以上の事例からもうかがえるように、デジタル環境下における出版と図書館との「連携」とは、両者の境目を曖昧にするものであるし、ときには両者の利害対立を伴う可能性もあるだろう。しかし、3つの事例は同時に、連携を実現するために必要な「理念」、安定的に動作させるための「仕組み」、継続性を担保するための「サポート」というポイントも示しているように思うが、いかがだろうか。

さまざまな視点、そして可能性
 続く第2 部は、図書館側として、東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学の図書館(メディアセンター)の西郷和彦館長、加藤哲夫館長、杉山伸也所長、出版会側として、東京大学出版会の竹中英俊氏、慶應義塾大学出版会の小磯勝人氏、京都大学学術出版会の鈴木哲也氏によるパネルディスカッションが、東京電機大学出版局の植村八潮氏を司会に行われた。
 個人的には、連携におけるビジネスモデルに関する議論が交わされることを予想していたのだが、それに限られることなく、非常に多様な視点が提起される場となった。これは、図書館側のパネリストが館長だったことも一因かもしれないが、かえって「連携」を巡る様々な観点を意識させられることとなった。一つ一つ取り上げたいところだが、いくつかの論点の紹介に留めさせていただく。
・出版の役割
・大学出版会の変容の必要性
・媒体としての「本」の価値
・出版業界におけるデジタル化の遅れの問題
・出版者から見たリポジトリ収録に適合的なコンテンツの性格
・出版物をリポジトリで公開する際の費用負担や今後の継続的モデルのあり方
 強引にまとめるならば、デジタル化の潮流の中で「出版」の位置付けを問い直し、「本」の意義を再確認しながら、出版会の出版物をリポジトリに搭載するという具体例から、今後の連携の可能性を論議した、といったところだろうか。

 現在、学術情報のデジタル化に関して、商業出版社によるジャーナルの電子化を巡る昨今の動向は、多くの大学図書館にとって日常の課題であろうし、オープン・アクセスの潮流なども関心が高いところだと思う。一方、大学出版会の主要なコンテンツである学術書のデジタル化やビジネスモデルのありようは、「本」という媒体の性格からも、また大学出版会の拠って立つところからも、電子ジャーナルの世界とは同列に語れるものではない。そうした中、学術情報流通において本来近しい関係にある大学出版会と大学図書館の連携の試みは、デジタル化をキーにして始まったばかりである。そしてこうした状況は、アメリカでも変わりはないようだ。例えば、AAUP (Association of American University Presses) はARL (Association of Research Libraries)と、相互の連携を図る共同キャンペーンを行っており、複数大学での様々な連携事業の取り組みが紹介されている 注3)。言うなれば、ありうべきモデルを探る試行錯誤の段階と言えよう。
 また、Ithaka が発表したレポート "University Publishing In A Digital Age" 注4)では、大学出版会にデジタル化対応を求めるとともに、大学出版会と大学図書館相互の強みを活かし、弱点を補いあった上での連携の必要性を説く。かつ、この報告が連携を成功に導くためのポイントとしてあげるのは、資金の導入であり、学術コミュニケーションを巡る視点の共有であり、大学執行部との関わりであり、そして、組織や機関を超えた協働の重要さといった諸点である。以上は、このシンポジウムでの論点に通じるものであろう。

おわりに
 さて、今回のシンポジウムのテーマもまさにその一つであるが、最近、出版人によるデジタル化環境における図書館との関係性や連携の可能性への問いを目にする 注5)。いま、図書館員に求められているのは、等しく学術情報流通を支える者として、こうした問い掛けに応えていくことではないだろうか。

注1) シンポジウム案内ページ. http://www.ajup-net.com/top/0803sympo.shtml (accessed 2008-04-30)
注2)  「京都大学学術情報リポジトリと京都大学学術出版会との連携について」. http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/modules/bulletin/article.php?storyid=248  (accessed 2008-04-30)
注3) 2004:Year of the University Press. http://aaupnet.org/arlaaup/index.html (accessed 2008-04-30)
注4) 学術情報のデジタル化時代を生き抜く大学出版会の戦略とは?. カレントアウェアネス-E. 111 [2007.08.08]. http://current.ndl.go.jp/e679 (accessed 2008-04-30)
注5) ・橋元博樹. 学術情報流通における大学図書館と大学出版:AJUP の取り組みから. 現代の図書館. 45(1). 11-18. [2007.3]
  ・山本俊明. アメリカ型大学出版モデルのゆくえ:「デジタル時代における大学の学術情報発信」(イサカ報告)をめぐって. 大学出版. 74. 2-11. [2008.3]
  ・鈴木哲也. 知のコミュニケーションの核としての共同:学術情報リポジトリと大学出版会(京都大学の試み). 大学出版. 74. 21-27. [2008.3]
  ・植村八潮. 学術情報流通システムの再構築に向けて:大学出版部の役割. 情報管理. 51(1). 69-73. [2008.4]. http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/51/1/51_69/_article/-char/ja (accessed 2008-04-30)
  ・日本出版学会2008 年度春季研究発表会特別シンポジウム「デジタル時代の図書館と出版」. http://www.shuppan.jp/event/event08S.html (accessed 2008-04-30)

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学術文献の入手の方法 : 大学図書館における雑誌の収集 : "紀要"をめぐって

学術文献の入手の方法 : 大学図書館における雑誌の収集 : "紀要"をめぐって 「平成17年度日本研究情報専門家研修」(20051215) 発表資料(PDF)
 ・参考リンク集

○「平成16年度日本研究情報専門家研修」 参加報告(20041216) (Jump to "The North American Coordinating Council on Japanese Library Resources" web site)

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「琉球大学附属図書館貴重書展見学記」

 「大学図書館問題研究会京都支部報」212号(2003/3)掲載 

 2月の週末、沖縄旅行に行ってきました。その際、おりしも開催されていた「史料が語る琉球:平成14 年度琉球大学附属図書館貴重書展」を覗くことができました。展示内容は、沖縄学者として有名な仲原善忠や伊波普猷関係資料から始まり、琉歌(琉球語で作られた和歌に対応する文学)、三線の楽譜である工工四(くんくんしー)、琉球風俗を描いた絵巻、書跡や琉球版(琉球時代の刊本)など芸能・文化関係史・資料、琉球王府関係の文書類や江戸上り(幕藩体制下、琉球王や徳川将軍の代替わり時に江戸へ送られた使節)関係史料まで、「琉球」をわかりやすく一覧できる構成となっていました。また、E.R.ブール(大正時代に沖縄で活動した宣教師)が撮影・収集した彩色ガラス写真のコレクションが色を添えています。そして、会場内のパソコンコーナーでは、琉大附属図書館の電子図書館サービスで電子化提供されている、沖縄関係資料に触れることができるようになっていました。

 電子図書館としての貴重資料電子化は、さほど珍しいものではなくなってきていますが、展示会冊子にある「将来的には、これら電子化資料を利用した研究の成果も取りこみ、個々に作成された電子化資料も有機的に統合した「沖縄学総合データベース」の構築を目指している」という方向性は、地域に根差したポリシー、地に足のついた電子化のあり方として、考えさせられるものがありました。 また何より印象的だったのは、“リウボウ”という那覇の繁華街にあるデパートで開催していることです。京都で言えば、大丸や高島屋を会場にしているようなものでしょうか(もちろん入場は無料でしたが)。この会場で展示会を行ったのは、昨年に続いて2回目なのですが、1回目は2000人を超える入場者があったとのことです。貴重資料の保存とともに、それらを展観することで「モノ」が語る力を伝えるというのは、図書館の重要な機能の一つかもしれません。しかし、ふつう図書館の展示会というと、館内を会場にしており、関心のある方々が来てくださるのが一般的なのではないでしょうか。それを、地域とともにある開かれた大学として、積極的に見てもらえる機会・場所を創る、ということは、大学図書館の外への見せ方、プロモーションのあり方としても、たいへん興味をひかれた次第です。
 (もちろん、夜は夜で、美味しいゴーヤーチャンプルーや泡盛にたいへん興味をひかれたわけですが、その話はまた別の機会?に)

 琉球大学附属図書館貴重書展のお知らせ:http://www.lib.u-ryukyu.ac.jp/oshirase/os015.html
 琉球大学附属図書館電子化資料:http://www.lib.u-ryukyu.ac.jp/

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書評 『出版流通合理化構想の検証:ISBN導入の歴史的意義』 湯浅俊彦 ポット出版(2005)

「大学の図書館」25(5)(2006/5)掲載

 図書館員にとって、ISBNは身近な存在である。例えば書誌を検索するとき、とりあえずISBNを打ち込むのはごく日常のことだ。しかし、1980年代にISBNが日本に導入された経緯や導入の是非を巡って繰り広げられた大論争については、必ずしも知られていないのではないか。ISBNの導入から四半世紀を経た今、本書は導入の裏面史とISBNが出版業界やその関連領域に与えたインパクトを描きだす。

 第1章は本書の意図を示す。それは、ISBN導入を巡る関係団体・機関の思惑と論争を再構成すること、またそこを起点にして、書誌情報整備や出版流通合理化という現在まで続く問題に迫ることである。続く第2章から第4章は、本書の核心といってよい。ここでは、導入推進側と反対側双方の主張とその背景が明らかにされていく。まず第2章で、ISBN導入のきっかけは、海外からの要請に基づく国会図書館から出版界への働きかけであったことが明らかにされる。第3章は、導入に賛同した出版社、取次、書店の業界団体および図書館界それぞれが、ISBN導入の意義をどう捉えていたのかを整理する。出版業界が意図していたのは、ISBNをキーコードにしたコンピュータ化・物流情報一元化によって、売上増とコスト減を図ることであった。一方、図書館サイドのメリットとされたのは、1)出版情報や出版物入手の迅速化、2)総合目録の実現、3)印刷目録カードの発注キー、4)貸出管理、といったものであった。ここで注意したいのは、出版業界が「図書館のために出版流通合理化をはかろうとしたのではない」(p.56)ことだ。著者は、図書館の資料購入費が出版販売総額のごく一部であるという現実上、出版業界が図書館に注意を向けにくいこと、そしてそれは現在の電子タグ装着をめぐる状況等においても再現される構図であることを指摘する。さて、導入推進側が思惑の不一致を含みながらも推進団体を組織していたところへ、中小出版社を中心としたグループによる導入反対運動が展開された。第4章はこの反対運動に焦点を当てる。反対の根拠は、1)大手業界団体主導の不透明さと中小出版社への差別的扱い、2)コンピュータ化に伴う取次支配拡大と中小出版・書店のコスト増の懸念、3)通産省や国会図書館による出版統制の懸念、4)貸出記録の目的外利用の懸念、として整理される。著者は、ここにも90年代のバーコード導入問題や近年の電子タグ導入問題で繰り返される構図があると言う。つまり、大手の出版・取次・書店対中小という「出版業界が抱え続けている諸団体間の構造的課題」(p.147)だ。またコンピュータ化と個人情報保護の問題をめぐる構図の再現も見える。こうしたISBN導入を巡る論議を整理し、その後の出版流通史を俯瞰する著者の視点は、図書館界と出版業界の関係、また出版業界に内在する複雑な問題の関係を鮮やかに見せてくれる。第5章は、ISBNがその後POSレジ等の販売データ管理、書誌レコード共有、バーコード導入、物流倉庫自動化など出版業界に与えた影響を読み解く。そしてこうした展開の起点となったISBN導入問題を「書誌情報・物流情報のデジタル化前史」(p.145)と総括する第6章で、本書はまとめられる。

 さて、本書の特長を三つ挙げるならば、一つ目は豊富かつ幅広い文献の渉猟である。ISBN導入問題は、現役の書店人である著者が1978年の入社時より関心を持ってきたテーマであり、当時から資料を収集してきたという(あとがき。なお本書は著者が昨年提出した修士論文をもとにしたものである)。そうした出版関係団体紙・誌や声明文、図書館関係誌のレビューによる実証的考察と当時の雰囲気を伝える記述は、本書を読み応えのあるものとしている。巻末に付されたこれら文献のリストおよび関連年表は価値あるものであろう。
 二つ目は、図書館への深い目配りである。これは著者の前著『デジタル時代の出版メディア』から一貫したものである。一方、同じ「出版メディア」に関わる業界でありながら、図書館界から出版業界へのアプローチは決して多くない。例えば、出版流通の現実的問題に限らず、「出版の自由」と「図書館の自由」という本来は相通じる理念さえ共有されていなかったことは、ISBN導入反対運動における出版統制や貸出記録を巡る主張からも窺える。こうした状況は現在でも変わらないのではないか。ところでISBN導入が実際に各図書館にもたらしたメリットとして、著者は「ISBNによる書誌識別の容易化からの総合目録の発展」や「ISBNとリンクしたJAPANMARC普及による印刷カード不要化」をあげる。しかし少なくとも大学図書館においては、ISBNは絶対的に有意なものと見なされてこなかった感がある。これは、1)出版社のISBN付与が図書館的書誌コントロールの精度と一致しないためユニークキーに為り得ないこと(刷と版の無区別やセットもので物理単位に付与されないケース等)、2)ISBNが付与されない図書の存在、などによるものと考えられる。特に前者は本書が述べる「図書館のためにISBNを付与しているのでない」ことによるのだろう。もっともISBNが書誌検索にとって便利なキーであることは確かだし、またISBN導入と図書館のコンピュータ化やNACSISの発展の時期が重なっていることは、時代背景としても興味深い。
 本書の特長の三つ目は、記述の背景にある歴史の先に今後の展開を見通そうとする視点だ。例えば出版流通情報のデジタル化・ネットワーク化の先に、出版業界の構造変革の可能性を見る(p.142)。実際、ISBN導入が出版物流を効率化したとはいえ、個人のニーズに出版業界が構造的に必ずしも対応しきれていないのは、Amazonなどネット書店の隆盛が示しているように思う。そしてこのAmazon上の書誌情報へblogなどからリンクするキーにISBNが使われている。出版物流合理化のためのものだったISBNだが、インターネットの世界では一般の個人が情報共有のために使うようになったわけである。そしてAmazonの利用者は、購入情報を提供することで推薦商品情報を得ている。そのほうが「便利だから」だ。そこにあるのは、物流に縛られない情報の交換の姿と25年前ISBN導入反対の根拠となった「個人情報が管理されることへの危機感」とはかけ離れた価値観である。さて、本書では触れていない話題に、ISBN13桁化がある。これが海外からの要請によることは25年前と同じ構図であるが、その背景は欧米での電子ブックなどデジタルコンテンツへのISBN付与による番号の払底である。これを踏まえた著者は、別稿で「皮肉なことに時代はすでに書誌情報・物流情報のデジタル化から出版コンテンツのデジタル化へと移行しつつある」という問題意識を述べる(「日本におけるISBN論争」『出版ニュース』No.2057:2005.11)。デジタル化、ネットワーク化と目まぐるしく変化する状況の先に、著者が見ている像は何であろうか。そして今、本書が語る出版流通のデジタル化を巡る歴史の先に、時代の変化とリンクした未来を見通す視線が求められるのは、図書館員も同じである。

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OCLCが提供する大学図書館向けの新サービス

「第39回全国大会(2008年) 企業セミナー1“OCLC が提供する大学図書館向けの新サービス”」 参加報告
「大学の図書館」27(12)(2008/12)掲載

 紀伊國屋書店により、OCLCが提供する電子ブックサービス”NetLibrary”およびリンクリゾルバ”WorldCat Link Manager”の紹介とデモが行われた。
 NetLibraryは、欧米出版社のコンテンツを中心に17 万タイトル以上が搭載されているアグリゲータ系電子ブックサービスの老舗であり、海外では多くの図書館で導入例がある。昨年より提供が開始された国内出版社のコンテンツは、既に500 余タイトルが搭載されており、2009 年度には5000タイトルの提供が予定されている。和書の搭載には、紀伊國屋書店が出版社とNetLibraryの間に立っており、対象は文理を問わず大学図書館で利用される「基本図書」を対象とするとのことであった。
 ”WorldCat Link Manager”は、webサービス上で利用者を電子ジャーナルやOPACなど的確な情報資源へナビゲートするリンクリゾルバといわれるシステムであり、他の海外ベンダー製品は国内でも導入例が増えつつある。”WorldCat Link Manager”は、カスタマイズや日本語コンテンツへの対応、日本向けサポート体制が充実していることを特徴として強調されていた。
 さて、電子ブックの導入が国内大学図書館で拡大しない理由のひとつとして、和書コンテンツの不足が指摘される中にあって、NetLibraryの動向は注目されるところである。しかしながら、NetLibraryは「出版社および著作者の権利を尊重するという考えをもとに設計」されているため、「複本」を購入しない限り、複数同時アクセスはできなくなっていることや表示と印刷は1 ページずつしかできないことなど、web上のコンテンツの利点を損なっているところがある。これは、電子ブックの導入と活用において、図書館や利用者にとっての障壁となりかねない点として、今後の改善が望まれる。一方、図書館には、リンクリゾルバといった新たなツールの導入や伝統的なツールであるOPACで電子ブックを検索できるようにすること (OCLCはMARCを提供している)などによる視認性のアップ、さらには授業における使用など教育と連携した利活用を図るといった方策が求められてくるだろう。

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大学出版部と大学図書館

 「大学出版」64号(2005/3)掲載 

 学術情報は、「著者(生産)→出版者(編集による価値付与)→図書館(収集・蓄積・提供)」を循環する、「円環」を成してきた。今、大学図書館は、電子化とネットの広がりによる、学術情報流通の変化の波に洗われている。その中にあって、円環における近しい隣人として、大学出版部と大学図書館の関係は、どう描かれるのであろうか。

 20年近く前、アメリカ図書館協会の機関誌に掲載された“University Press and Libraries”という特集に、ある出版人が、ファンドの減少など大学出版部を巡る状況を語る一文を寄せている。そこで図書館との関係は、 ‘Reaching Library’という一節で、マーケティングの取り組みの対象として、述べられる。誤解を恐れずに言えば、確かにこれも、「出版する側と購入する側」という、大学出版部と大学図書館の関係の一面には違いない。その論は、テクノロジーの進展によって、大学出版部と図書館に新しい関係がもたらされる可能性に触れて、終わっている。
 近年、アメリカでは、大学出版部と大学図書館の協働によるプロジェクトが、いくつか見られる。例えば、コロンビア大学出版局と図書館員の運営による、国際問題関係の会議録や書籍の全文を提供する“CIAO(Columbia International Affairs Online)”、ジョンズ・ホプキンス大学の出版局と図書館が共同で、人社系中小出版社のジャーナルを電子化している“Project MUSE”などである。また、歴史学分野の電子出版・アーカイブ“History E-BookProject”の審査委員会には、研究者、編集者とともに、図書館員も参加しているという。学術情報流通の変化をもたらした「電子化」は、また、20年前の可能性を現実のものとして、「売る側と買う側」の関係を越えた、大学出版部と大学図書館の新たな関係のキーともなっている。

 では、日本の大学図書館における「電子化」は、どのような状況にあるのだろうか。図書館の電子化は、80年代からの目録など従来のサービスのコンピュータ化に始まり、90年代半ば以降からの貴重書等の電子化、そして2000年頃からの電子ジャーナルの急速な普及を経て、今に至っている。そうした中、今後の電子図書館像を「情報の発信者(生産者)と受信者(利用者)を結ぶ付加価値を持ったインターフェイス」として、その方向性を唱導するレポート、『電子図書館の新たな潮流』が、2003年に公表された。これにより、大学図書館の電子化の次なる指向を概観できると思われる。そこで、この報告書が示す、今後の電子図書館に求められる6つの機能を挙げておく。
(1)自大学で生産される電子的な知的生産物を収集・蓄積・発信する「学術機関リポジトリ」
(2)資料電子化の高度化と教育・研究との連携などによる電子化資料の利活用
(3)図書館サービスをウェブ上で統合的に提供し、パーソナライズ機能などを備える「図書館ポータル」
(4)インターネット上の有用な情報を評価・選択し、主題に基づいたナビゲーションを提供する「サブジェクト・ゲートウェイ」
(5)ネットワークを利用して、リアルタイムで調査・質問に対応する「同期型デジタル・レファレンス」
(6)利用者に、図書館利用法や情報探索法の自学自習機能を提供する「オンライン・チュートリアル」
 ところで、このような「電子図書館」サービスで先行しているアメリカの大学図書館では、図書館の利用傾向が変化しているという報告がある。ARL(米国研究図書館協会)の1991年からの統計によると、貸出数や対面レファレンスサービス数、館内利用数が減少傾向にあり、こうした傾向の背景には、電子化の進行があるという。電子図書館への指向は、従来の図書館像の揺らぎを伴っている。また、「電子図書館」の役割を演じるのは、ひとり、図書館だけとは限らない。先ごろ、Googleが公開した学術文献検索に特化する“Google Scholar”や、大学図書館の蔵書などを電子化し検索対象とする“Google Print”などのプロジェクトも、そうした可能性の証左といえるかもしれない。遠くない将来、「図書館」は、電子化の波の中に溶けていくのだろうか。それとも、あらたな像を結ぶのだろうか。いずれにせよ、電子図書館像の模索は、学術情報流通の円環の中に、図書館の立ち位置を求める試みであるといえるだろう。

 さて、図書館が提供しようとしている、電子図書館における「付加価値」は、情報の提供機能の強化、そして情報へのアクセス支援の機能として集約することができるだろう。これらは、図書館が以前から担ってきた、「情報の収集と提供」という機能の拡張ともいえる。ところで、ここでいう電子図書館の中に、情報を評価し再構成して公のものにする、「編集」という価値付与の機能は、含まれていない。もちろん、言うまでもなく、その役割は、従来出版が担ってきたものである。では、電子化の波の中で自らの立脚点を探るとき、「情報流通における付加価値」が、出版と図書館の共通の志向であるとするならば、ここに、協働の方向性を見出すことはできないだろうか。
 そこで、そのひとつの可能性として、『電子図書館の新たな潮流』にもあげられている、「機関リポジトリ」を考えてみたい。これは、学術情報をインターネット上で障壁なく公開することを企図する、「オープンアクセス」運動の中で、現在、注目されている取り組みである。これはまた、大学の生産物を公開するものとして、社会への説明責任の文脈の中にも位置づけられる。この機関リポジトリの課題の一つとして、搭載される情報の品質保証が指摘される。これは、それ自体に、搭載された情報の品質を担保する機能は持たないためである。よって、機関リポジトリが、学術情報流通の中において有効に機能するためには、インパクトのあるコンテンツが求められることになる。またそのことは、不可欠な「装置」として社会に認知されることと、表裏をなすものであろう。さてここに、機関リポジトリが大学内の知的生産物を対象とするという点から、その機能を介した、大学出版部と大学図書館の連携の一様態を見出すのは、飛躍が過ぎるだろうか。つまり、「「編集」により価値を付与されたコンテンツを「情報の収集・提供」の装置である機関リポジトリで、社会に発信する」というモデルである。

 最後に、大学出版部と大学図書館の関係を巡る問いに戻りたい。学術情報流通の変化の中、「円環」が再生するのか、それとも、消えていくのかは分からない。しかし、「電子化」をキーにした大学出版部と大学図書館の連携は、それぞれの機能の融合の先に、「円環」を新たな形として再構成する可能性もはらんでいるのではないだろうか。
(京都大学工学部・工学研究科電気系図書室司書)

参考文献

    * 土屋俊「学術情報流通の最新の動向――学術雑誌価格と電子ジャーナルの悩ましい将来」現代の図書館、四二巻一号、2004。
    * 鈴木哲也「大学出版部は存在意義を示せるか――京都大学学術出版会の取り組みから」情報の科学と技術、五三巻九号、2003。
    * 長谷川一『出版と知のメディア論――エディターシップの歴史と再生』みすず書房、2003。
    * Chandler B. Grannis. "New directions for university presses", Library Journal, 111(13), 1986.
    * 国立大学図書館協議会図書館高度情報化特別委員会ワーキンググループ「電子図書館の新たな潮流――情報発信者と利用者を結ぶ新たな付加価値インターフェイス」2003。《http://wwwsoc.nii.ac.jp/janul/j/publications/reports /73.pdf》(参照2005.1.10)

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図書館と電子ブック

「人文会ニュース」 98号(2006/4)掲載

 「この雑誌、電子ジャーナルは使えませんか?」私が勤務する医学図書館で、利用者からしばしば聞かれる質問である。いまや、とくに理系の研究者にとって、電子ジャーナルは不可欠のものとなった。電子ジャーナルが日本の大学に導入され始めてせいぜい五年、その間に一大学平均の購読タイトル数が五〇倍近くになり、数千タイトルを提供する大学も少なくないというのだから(文科省平成一六年度大学図書館実態調査結果報告)、その普及のスピードはすさまじい。「書架の冊子を繰っていると思わぬ論文を見つけたりするんだ」と言う先生もいないわけではないが、研究室でお目当ての論文がダウンロードできてしまう便利さには代えがたいらしい。論文という「情報」を得ることが目的ならば、電子ジャーナルは明らかに早く簡便である。また紙の雑誌での思いがけない発見(セレンディピティ)の経験も、電子ジャーナルのブラウジングや検索機能に、より強力に存在するだろう。そうすると、これまで“たまたま”紙の冊子という形をとっていた学術雑誌が、電子化・ネットワーク化という時機を得て一気に姿を変えつつあるのは、利用者の志向からしても自然なことといってよい。現在のところ、電子ジャーナルとして存在するものは洋雑誌がほとんどであり、また理系のタイトルの利用が多い。しかし、人文・社会系の研究者も電子ジャーナルを利用し始めており、大学紀要など和雑誌の電子化も進みつつある。こと電子ジャーナルに関する限り、かつて図書館の未来像として語られた「電子図書館」は、日常の光景になりつつある。
 ところで、近年の電子ジャーナルの急速な普及の背景には、ここ数年の間、日本の大学図書館界が電子ジャーナルの導入を優先課題としてきたことがある。通常、本や雑誌の購入決定権は教員にあり、その予算の多くは教員研究費に拠っているため、図書館が裁量できる部分は、必ずしも大きくない。しかし、電子ジャーナルは、大手出版社が複数タイトルをパッケージにし、サイトライセンス販売される。その結果、導入パッ ケージの選択や使用予算の配分を通して、図書館が大学としての購読タイトル構成に一定の関与ができるようになったのである。
 さて、電子ジャーナルが一定の普及を見た現在、次は電子ブック(ここでは、ネットワーク上で利用する学術書)の導入を進めようとする動きがある。これは、電子ジャーナルの導入という経験を経た大学図書館による「ネットワーク系コンテンツという大学全体に提供可能な資料を導入することにより、大学の学術情報基盤を整備する」というモデルとして考えられる。そして、電子ジャーナルによって研究環境の充実を図った後の方向性として、今後は教育環境の充実が求められるという文脈から、電子ブックには、教育的面からの利用が期待されるだろう。井上さんが指摘するように(人文会ニュース96号)、いまの大学図書館に求められているのは、「研究偏重から教育・学習支援へのシフト」である。もちろん、これは、大学の課題でもある。
 しかしここに、電子ブックとして存在するもののほとんどは、英語のものであるという問題がある。欧米では万を超えるタ イトルがサイトライセンスで提供されており、多くの大学図書館で導入されている。残念ながら英語の資料を読みこなせる学生は多くない以上、電子ブック活用の方向性は、不透明なものにならざるをえない。現在、日本語のオンライン資料として、大学図書館が導入しているのは、辞書・辞典類、新聞全文データベース、経済系や法律系の全文データベースといったものである。ネットワーク上で利用できる学術書は、「東洋文庫」などごく少数であり、そもそも、日本語の学術書の電子ブックは、導入したくても存在しない。そこで今、図書館が、電子資料の充実と教育支援の観点から期待したいのは、日本語による学術書の電子ブックの登場である。

 さて、ここで、電子ブックの可能性を考えてみたい。

一 電子ブックは使われるのか
 雑誌がそうだったように、本もたまたま「紙の冊子」の形をしていたに過ぎないのではないか。今、電子ジャーナ ルを使いこなしている理系の研究者も、ついこの間までは、ブラウジングやセレンディピティにおける冊子の優位性を語っていたのである。つまり、実際に使える電子ブックが閾値を越えたとき、普及する可能性は否定できない。それは、電子ジャーナルが、論文数の増加を背景に、論文を複写するという 研究者行動の置き換えとして爆発的に普及したのとは違い、ゆっくりとしたものかもしれない。だが、それだけに「本」に象徴される知のあり方に、深い変化をもたらすものかもしれない。

二 電子ブックはどのように使われるのか
 電子ブックの利用統計によると、アクセスの時間は短かく、利用者は検索機能を活用しているという。つまり、「一冊の本」としてより、細切れの「情報」としての使われ方である。本という入れ物から開放されたコンテンツが、章や節という情報になるのが、電子ブックの特性なのではないか。そこでは、本の情報もネットワーク上に 存在するそれ以外の情報も、情報としては等価である。そうしたさまざまな粒度の情報を評価・解釈し、再構成して知識とすることこそ、これから大学が学生に身につけてほしいスキルなのである。

三 電子ブックの発展の可能性は
 現在、日本で電子ブックと言うと、電子読書端末のコンテンツとして語られることが多い。しかし、電子ブックの本来の可能性は、ネットワーク上に存在することにある。電子的に提供さえるアイテムがリンクで結びつき、かつ検索可能になったときに、あらたな展開を見せるのではないか。電子ブックを読んでいて分からない言葉があったら、ネットワーク上の辞書で調べる。電子ジャーナルの論文が引用する電子ブックへジャンプする。検索エンジンの検索結果から求めるコンテンツに辿り着く。そうして知が網の目をなし、検索できてこそ、ネットワークの特性が活かされることになるだろう。

四 電子ブックは経営として成り立つのか
 電子ブック先進国のアメリカにおいても、現在、電子ブックが収益を生み出すモデルは少ないようである。今後の可能性を探っている段階といっていいだろう。立ち上げ時の課題として電子ブックは、紙の媒体を単純に電子化すればよいものではないため、多くの投資が必要になることがある。そこでアメリカの多くの先行例に見られるのは、立ち上げ時のファンドの存在であるが、これは日本 の現状においては、難しい。ついで販売時における課題として、電子ブックの個人ユーザ向け販売は難しいと言われている(『Books in the digital age』(Polity Press))。また従量制課金は、とくに学生にとって、情報入手の桎梏になりかねないものだから、望ましくない。学生が本を買わないのなら、大学として学習の環境を整える必要がある。そこで研究環境整備として電子ジャーナルを導入 したように、教育・学習の環境整備という論理で、図書館が電子ブックをサイトライセンスで導入することが考えられる。そこでは、新刊書が提供されないと利用価値は高くない。一方、過去の絶版本が、電子ブックとして使えるならばその知の継承という文化的意義は小さくないだろう。またサイトライセンスモデルには、スケールメリットの観点からある程度のアイテム数が必要となる。人文会という基盤を活かした、パッケージ構成の可能性は考えられないだろうか。

五 研究室の本と電子ブック
 これまでの大学図書館の中で、過去何十年にも渡り言われてきた問題として、研究室に置かれている資料へのアクセスがある。研究者からすれば読みたいときに手元に本があることを望むのはもっともである。しかし、とくに広く資料を渉猟する必要がある学生の「いったいこの本はどこにあるんですか」という声は切実である。ここに、本を広く提供できるようにしたい図書館と手元に本を置いておきたい研究者の相克があった。この問題を電子ブックは解決するかもしれない。紙の本が必要な研究者は、それぞれ購入すればよいのである。研究室に置かれる資料の問題は、おそらくかつての講座制の体質を引きづったものである。電子ブックはそれ を「開かれた知」へ転換するきっかけになるかもしれない。

六 大学の教育と電子ブック
 日本の大学図書館はこれまで、「教育」に 結びついてくることができなかった。例えば、講義での必読書を図書館が学生の人数に見合うだけ用意し貸出すという「指定図書(Reserve book)制度」が、六〇~七〇年代に、アメリカの大学図書館をモデルにして実施されたことがある。結局これが根付かなかったのは、学生が本を読み込み思考する教育スタイルではなく、教科書主義が主流であった実態にそぐわなかったからだと言われている。複数人がいつでもアクセスできるという指定図書の趣旨は、電子ブックに適合するものである。そこで電子ブックは、電子指定図書(e-reserve book)として活用されることが考えられる。教育のあり方と大学図書館の関係を再構築するためのツールとしての可能性が、電子ブックにはある。

  前述した井上さんの論でも紹介されていることだが、学生は本を読まない。残念なことにいくら上質のコンテンツをもった本でも、そもそも読まないのである。だが、それで済ましていいはずはない。少なくとも大学が知を生産しそれを継承していく知のシステムと存在しようとするならば、これまで蓄積されてきた知と、それを使いこなす技術を伝えるのが、その存在意義であるはずだからだ。そこで、図書館の役割は、学生を知に導く「仕掛け」としての環境を作ることである。そして、電子ブックはその「仕掛け」の一つになる可能性がある。菅谷さんが言うように(人文会ニュース94 号)、「デジタルであれ紙であれ、文字の情報というのは変わらない」のであり、「文字に書かれた情報をどんなふうに使いこなしていくのか」が、これからの知識社会に生きる学生に、求められているのである。
 もちろん、「本」というものの備える魅力は、これからも失われることはないだろう。しかし、教養として本を読むと言うモデルは、おそらく崩壊した。精緻に編まれた人文書も、いまどきに学生にとっては、インターネットの情報と同列の選択肢となっているのが現実である。しかし、人文書が築いてきたコンテンツの蓄積=「知」というものは、それほど移ろいやすいものではないはずである。今、問題なのは、それをどういう形で提供するかである。これまで本という入れ物に、研究室に、大学(そして「大学図書館」に!)に囲い込まれていた知を開放し、再構成してあらたな形に再生する可能性を電子ブックは、秘めているかもしれない。その可能性の中で、図書館は、知の継承の一端を担う役割を出版社とともに果たしたいと思う。

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本の紹介 『和本入門:千年生きる書物の世界』 橋口侯之介 平凡社(2005)

「大学図書館問題研究会京都支部報」268号(2009/2)掲載  

 「目録を取りたいけど専門的な知識がないし」、でも「やっぱり古いものだし大事にしないと」。そんなこんなで、和本が書庫に眠っている図書館は、少なくないのではないでしょうか。かくいう私の勤務する図書館も同様なのですが・・・。それはさておき、まずは和本のことを知ろうと、図書館学の教科書を手にとっても、通り一遍のことしか書いていない、かといって、書誌学の本は、なんだかとっつきにくい。そんなとき、「本の文化が形成される歴史的背景を探りながら、実際に和本を手にとるように、できるだけ実例で説明することに努めた」(まえがき)という本書は、和本の世界へ導いてくれる格好のガイドブックとしてお奨めです。

 まず「第一章 和本とはなにか」では、版型によって、「物之本」(教養書)や「草紙」(娯楽書)などのジャンルがおおよそ分かること、その伝統は現在の出版に受け継がれていることなど、今に続く和本の歴史や様式が語られます。
 続く「第二章 実習・和本の基礎知識」では、「どれがほんとうの書名か」「本名が出てこない著者欄」「巻数、冊数の調べかた」といった章題からもお察しいただけるように、初めて和本の目録を取ろうとしたときに頭を悩ませるあたりも、見るべきポイントを示しながら、分かりやすく解説されます。
 木版印刷の板木は長持ちしたため、版元間で売買されながら「百年はあたりまえ、なかには二百年以上経って増刷することもよくあった」(まえがき)。「第三章 和本はどのように刊行されたか」は、そんな江戸期の出版の様相とともに、「刊記・奥付の見かた」など、本の素性を明らかにする方法を教えてくれます。とくに江戸の名所案内本『江戸砂子』を例に、刊記や版元広告などから板木の行方を跡付ける過程は、ちょっとスリリングです。
 最後の「第四章 和本の入手と保存」は、古書店やネットなどで和本を入手する方法とともに、和本の保存方法や虫害対策などを取り上げます。たいていの和本はコピー機にかけても問題ないこと、電子レンジでチンして虫を殺す方法など、目からうろこでした(もっとも後者は、「奥さんに見つからないようにしないと、二度と電子レンジを使わせてもらえなくなる」とのことですが)。

 この本の著者、橋口候之助さんは、神田の和本専門古書店主。単なる「コレクション」ではなく、また研究対象としての「もの」でもない、現役で流通している「生きた本」として、日々和本を扱う著者の立ち位置が、本書の分かりやすさに加えて、親しみやすさをも醸しているように思えます。さて、橋口さんは、千年を生き得る和本の最大の敵として「無知」ゆえの廃棄をあげ、そうしたことを防ぐ手立てについて、次のように述べます。

 その第一歩は、敬して遠ざけるのでなく、身近で親しめる対象として和本を見ることである。とかく図書館などでは和本を「貴重本」として特別扱いするので、容易に閲覧できないことが多い。(中略)そのため和本を正しく扱う方法などを学ぶ場がなく、いつまで経っても和本と親しむ関係が育たない。ほんとうに文化財として大事に保管すべき本と、自由に閲覧してもよい本の区分けをしっかりすれば解決できることなので、一考をお願いしたい。(p.232)

 十年一昔で変わる電子的なサービスを提供しながら、百年、千年を越えてきた知を次に伝える。図書館のすべきことは多そうです。ともあれ、まずは本書を一読してから、書庫の和本を開いてみると、和本もこれまでとは違った顔を見せてくれるはずです。

 本書の続編として、江戸の出版文化をより深く掘り下げた『続和本入門:江戸の本屋と本づくり』が刊行されています。併せてお奨めします。

 橋口侯之介『千年生きる書物の世界』(和本入門; [正]), 平凡社, 2005.10
 同 『江戸の本屋と本づくり』(和本入門; 続), 平凡社, 2007.10

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