旅行・地域

「琉球大学附属図書館貴重書展見学記」

 「大学図書館問題研究会京都支部報」212号(2003/3)掲載 

 2月の週末、沖縄旅行に行ってきました。その際、おりしも開催されていた「史料が語る琉球:平成14 年度琉球大学附属図書館貴重書展」を覗くことができました。展示内容は、沖縄学者として有名な仲原善忠や伊波普猷関係資料から始まり、琉歌(琉球語で作られた和歌に対応する文学)、三線の楽譜である工工四(くんくんしー)、琉球風俗を描いた絵巻、書跡や琉球版(琉球時代の刊本)など芸能・文化関係史・資料、琉球王府関係の文書類や江戸上り(幕藩体制下、琉球王や徳川将軍の代替わり時に江戸へ送られた使節)関係史料まで、「琉球」をわかりやすく一覧できる構成となっていました。また、E.R.ブール(大正時代に沖縄で活動した宣教師)が撮影・収集した彩色ガラス写真のコレクションが色を添えています。そして、会場内のパソコンコーナーでは、琉大附属図書館の電子図書館サービスで電子化提供されている、沖縄関係資料に触れることができるようになっていました。

 電子図書館としての貴重資料電子化は、さほど珍しいものではなくなってきていますが、展示会冊子にある「将来的には、これら電子化資料を利用した研究の成果も取りこみ、個々に作成された電子化資料も有機的に統合した「沖縄学総合データベース」の構築を目指している」という方向性は、地域に根差したポリシー、地に足のついた電子化のあり方として、考えさせられるものがありました。 また何より印象的だったのは、“リウボウ”という那覇の繁華街にあるデパートで開催していることです。京都で言えば、大丸や高島屋を会場にしているようなものでしょうか(もちろん入場は無料でしたが)。この会場で展示会を行ったのは、昨年に続いて2回目なのですが、1回目は2000人を超える入場者があったとのことです。貴重資料の保存とともに、それらを展観することで「モノ」が語る力を伝えるというのは、図書館の重要な機能の一つかもしれません。しかし、ふつう図書館の展示会というと、館内を会場にしており、関心のある方々が来てくださるのが一般的なのではないでしょうか。それを、地域とともにある開かれた大学として、積極的に見てもらえる機会・場所を創る、ということは、大学図書館の外への見せ方、プロモーションのあり方としても、たいへん興味をひかれた次第です。
 (もちろん、夜は夜で、美味しいゴーヤーチャンプルーや泡盛にたいへん興味をひかれたわけですが、その話はまた別の機会?に)

 琉球大学附属図書館貴重書展のお知らせ:http://www.lib.u-ryukyu.ac.jp/oshirase/os015.html
 琉球大学附属図書館電子化資料:http://www.lib.u-ryukyu.ac.jp/

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山行記録 飯野山

飯野山(讃岐富士) ’97.2.10
メンバー:赤澤
コース:三本松バス停 0:15 一王子神社 0:30 丸亀コース分岐 0:05 頂上0:05 丸亀コース分岐 0:20 坂出コース分岐 0:1 0山崎 1:45丸亀駅 [3:10]

 飯野山は、讃岐富士と呼ばれるその名に見合った均整のとれた姿で、讃岐平野の中に座っている。ここらあたりでは、ぽつんぽつんと独立した、ビュートと呼ぶらしい似たような山が多いが、その中で飯野山は群を抜いて美しい。瀬戸大橋を渡るたび、いつも眺めるばかりだったが、四国の友人宅を訪ねたのを機に登ってみることにした。

 朝一番の電車で善通寺をでて、本州へ帰る友人らと別れ、坂出で降りれば駅前にちょうどバスが待っていた。20分も走れば三本松の停留所。讃岐富士は目のまえだが、家並み越しに見るその姿は、どうしたことかあのプロポーションがくずれて、扁平なありふれた丘のように見えるではないか。とにかくも、バス道をしばらく歩き脇道へそれて登りロへむかう。神社の裏から、登山道に入れば等高線をまっすぐ突っ切るすごい急登である。ちょっとなめてかかっていたが、連続する階段状の登りにあっという間に息があがる。そのかわり、どんどん高さを稼いで、下の喧燥もいつしか小さくなってきた頃、ようやく山頂を巻くようにして、丸亀への分岐を合わせれば頂上である。誰もいない静かな頂には、小さな薬師堂や歌碑、おじょも(だいだらぼっちのような巨人らしい)の足跡のある岩なんてものまである。すこし下った展望台へいってみると眺めがひらけ、点々とため池が光るむこうに、昨日、金比羅さんから歩いた大麻山が正面に見える。お堂のノートに来訪のしるしを残して、山頂をあとにする。帰りは、丸亀コースをとる。こちらのルートは、車も通れるんじゃないかというくらいの広さで、山体をぐるっと巻いて展望を楽しみながらの緩やかな下りである。坂出コースの分岐点で折れるように曲がってしばらく行けば、高台の住宅街にでる。神社の脇を抜けて、高速道の高架をくぐれば山崎の停留所。もともとあまり当てにしてなかったが、バスはとうぶん来ない。どこかの駅につけばいいやと適当に方向の見当をつけて歩き出す。はじめは宇多津にむかっているつもりだったが、道路標識が丸亀を指すようになる。やがて、遍路道の道しるべがあらわれだし、それをたよりに丸亀駅についたのは昼も近く。帰りの電車の窓から望む飯野山は、いつもの讃岐富士の秀麗さを取り戻していた。

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山行記録 諏訪山

諏訪山 ’97.6.7

メンバー: 藤田 森 赤澤
コース: 浜平鉱泉 1:25 湯ノ沢ノ頭 0:45 避難小屋 0:30 三笠山 0:20 諏訪山 0:20 三笠山 0:20 避難小屋 0:30 湯ノ沢ノ頭 0:55 浜平鉱泉  [5:10]

 上信国境のぶどう峠をこえ、山深い神流川の谷間に浜平鉱泉を目指す。車をおり、このあたりかと見回しても目につくのは、川向こうの古ぼけた一軒家ばかり。とにかくも、欄干に洗濯物のかかった小さな橋を渡って、その家へ。玄関をあければ、そこはいきなり居間で、お爺さんが炬燵にあたっている。いちど戸を閉めて考えたが、やっぱりここが、今夜の宿、浜平鉱泉奥多野舘なのであった。かなりの年と思われる夫婦が二人だけでやっておられ、ほかにいるといえば猫が3匹ほど。急な階段を上がった二階が客部屋となっている。どうやら今晩の客は我々だけらしい。下で夕食の用意がされているようだったが、やがて上まで運ばれてきた食事は、食べきれぬほどの品数である。こういうのをほんとに心尽くしというんだろう。そろそろ満腹になってきた頃、飼い猫の一匹が卓の上からおかずをさらっていくのもご愛敬だ。風呂は、最近とんと見なくなったまるい木の湯船。一人入ればいっぱいで洗い場もない。鉱泉はお爺さんが沢から汲んでくるようだ。ちかごろ、秘湯ブームとかでどこへいっても小奇麗な宿ばかりだが、こんなところこそを秘湯というんじゃないだろうか。一度は泊ってみるべきところだと思うんですけどね。
 山の話も書かねばならない。翌朝、早くに用意してくれた、またしても豪勢な朝飯をなんとか腹におさめ、宿の裏から湯ノ沢をつめていく。早朝の沢すじはまだ薄暗く、なんだか、湿っぽい雰囲気だ。水が涸れると源頭部で、そこから尾根をつき上げて稜線にでたところが、湯ノ沢ノ頭。ここから気持ちのよい尾根どうしのみちで、アカヤシオというのか、淡紅の花が、日を透かした木々の葉のライトグリーンに映えて美しいのをところどころに見てゆく。やがて、避難小屋を過ぎるとはしごも現れる岩尾根となる。展望のよいピークにでたので、諏訪山かと思ったが、これは前衛の三笠山。見えるは緑深い山また山の連なりばかりである。諏訪山は目の前だが、いちど、岩稜を下って登りかえすので楽ではない。息をあげてたどりついた頂は、樹林のなか、山名を記した表示があるばかりの静かなところだ。来た道を取って返す。湯ノ沢ノ頭で一息ついて下れば、日も高くなって湯ノ沢も朝とは別の顔をしているようだ。登ってきた2人づれの女性が、今晩の宿なのだろう、「浜平鉱泉、どうでした」、と聞いてくる。「いや、よかったですよ」と答える藤田さんの意味ありげな笑みに何を感じたか、やっぱりやめておこうか、と相談するのを背中にきいて歩をすすめれば、じきに奥多野舘の屋根がみえて来るのだった。

藤田さんの諏訪山山行記録文

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山行記録 御岳

御 岳 ’96.8.18

メンバー:足達 松尾 赤澤

コース:田ノ原 1:50 王滝頂上 0:25 剣ヶ峰 0:30 二ノ池 0:50 飛騨頂上 0:45 八合目 0:25 のぞき岩 0:40 登山口 0:20 濁河温泉 [5:45]

 前日、午後も遅くから木曽福島で足達、松尾氏と落ち合う。駅前で買出しを済ませ晩飯を食べてタクシーに乗込む。すっかり暮れた御岳への道すがら、ヘッドライトに無数に並んだ霊神碑が浮かび上がる。独特の雰囲気に気おされる感じもしながら、田ノ原へ。広い駐車場の片隅にテントを張る。夜中、次々とやってくる登拝のバスに何度も起こされた。

 天気はよい。5:00発。御岳は、目の前にどっしり構えている。はじめは、樹林の中の緩やかな道が続く。やがて、展望が開けるのに見合って急登となる。昨夜のバスで来たらしい、講社の人たちが次々と下りてくるのとすれ違いながら着いた王滝頂上には、ここが、3000mの場所とは思えぬほど立派な神社がたつ。さかんにガスを吐き出す噴気孔を見ながら、最高峰の剣ヶ峰へ。御岳 は信仰のモニュメントが非常に多く、そこここに目につくが、まわりの景色は確かに高山のもので、その人工と自然の不思議な対照が、この山の個性を際立たせている。右廻りのコースをとって二ノ池。火山地形で、わりと殺風景な山頂部のなかでは気持ちの良い場所で、池に素足をひたしたりしてのんびりする。王滝頂上あたりは人であふれていたが、このへんまで来るとだいぶ静かになる。ここから、一段下ってサイノ河原。ケルン、というよりは「ひとつ積んでは…」の石積みが一面にあって、これまで見た同じ地名の中では、もっともそれらしい。霧の日など、あまり一人では通りたくないところだ。白竜教会の先の分岐を左に登 り、摩利支天の分岐を分け、飛騨頂上へ下る。一時つつまれたガスのきれ間から、草木谷のむこうに、めざす濁河温泉らしい建物が意外なほど小さい。三ノ池を下に見てレーションをとってから、下りにかかる。這松が終われば、あとは深い木々のあいだをゆく。この飛騨側のルートでは、信仰臭はまったくかんじられず、目に映るのは緑ばかり。道に横木が敷きつめられていて、かえって歩きにくいところもあったが、道が谷筋に沿うようになればやがて登山口。温泉への舗装道の先を急いで、飛騨小坂町営の露天風呂に飛込む。

 ここから小坂駅へのバスは予約での運行。すし詰めの最初の便は見送っ て、次の便を待つことにする。あたりをぶらついて一時間半ほど過ごした後、曲がりくねった道をゆっくりはしる小さなバスの客になった。

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山行記録 焼岳

焼 岳 ’96.10.28

メンバー:赤澤

コース:上高地アルペンホテル 0:15 田代橋 0:15 分岐 1:45 焼岳小屋 1:00 山頂 1:00 リンドウ平 0:30 第一ベンチ 0:35 中ノ湯 [5:20]

 霞沢岳から下山後、岡本、増田氏のバスを見送り、明神で予約しておいた上高地アルぺンホテルに入る。迷ったすえ、折りから休みをとったのだからということで、やっぱり焼岳に行くことにしたのだ。白くなった焼岳をみて、ちょっと不安になりながら。

 宿は食事もうまかったし、相部屋なら安く泊れる上、なりより展望の良いきれいな風呂が気に入った。

 翌朝、まだ誰も起き出さない暗いロビーで、頼んでおいた弁当をたいらげてから、裏口を出る。5:40発。ひっそり静かな上高地の砂利道を踏んで行く。目の前に焼岳が大きい。分岐を分けてからは、樹林の中の登りとなり、やがて左に峠沢をみる。からからと、絶え間なく小石が崩れてくる音がして、少し気味が悪い。振り返れば、木々のむこうに大正池を望む。やがて開けた明るい草付きを詰めれば新中尾峠。小屋に寄ってみるが、しんとして人気もない。始めは、ここにデポしてピス トンしてから中尾に下りる、という峠越えのプランだったが、先の山行中に中ノ湯への道も出来ていると知った。どちらを取るか決めかねたまま、ままよとザックを背負って焼岳を目指す。一度、旧峠へ下ってからは一直線に山体に取り付きぐいぐい登る。何しろ木一本ない吹きっさらしなのでなかなか高度感がある。やがて、雪があらわれる。滑ったらどこまでも落ちて行きそうで、かなり恐くなってくる。両手を使ったり、這いつくばったりで何とか体を引っ張りあげる。誰もいないのがなおさら不安を増幅させる。北斜面を回り込んで雪が消えほっとすれば、やっと山頂部であった。天候が悪化してきて、せっかくのパノラマも肩から上はガスの中。下方、上高地の秋色が目を引く。あわよくば、南峰も踏もうかと考えていたが、山頂の荒涼にその気も失せ、中尾峠へ下るのはこりごりなので中ノ湯への道をとる。こちらは、雪もなく緑の下ばえの優しい道。乗鞍からきた雨に捉まったが、もう気楽なものである。ここではじめて、人とすれ違った。りんどう平らしい平坦地を過ぎ、樹林のなかをぐんぐん降りる。やがて、下界の気配がしてくるのだが、山腹を巻いたりして、なかなか着いてくれない。うんざりしかけてきたころに、どしゃ降りの中ノ湯に飛び出した。

 20分ほど歩いて、逆巻温泉で汗を流す。バスで松本へ出て、山小屋に寄ってから帰洛。

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山行記録 笠ヶ岳

笠ヶ岳 ’97.9.7

メンバー:三好 山田 赤澤

コース:9/6 村営駐車場 0:55 登山口 2:55 杓子平 0:50 分岐 0:50 笠ヶ岳山荘 [5:30]

9/7 テン場 0:20 山頂 0:15 テン場 0:40 分岐 0:45 杓子平 2:05 登山口 [4:05]

9/6 前夜、京都からレンタカーをとばし、松本で三好氏を拾って安房峠を越え、新穂高温泉へ着いたのは夜更け。仮眠もそこそこに5:30に駐車場をあとにすれば、空はどんよりと重苦しい。

 左俣谷の林道を行く。この道は一回生の夏合宿で歩いたのだが、あたりの風景などまったく思い出せず、我がことながら、記憶の頼りなさが情けない。途中に近年、笠側の斜面が大崩壊したところがあり、笠新道もやや上流に付け替えられている。一時の強雨にたたかれ、かなり歩いた気がしたころに水場が見え、そこが笠新道の新しい取り付きであった。始めはあまり踏み込まれていない、いかにも新造らしい道である。名にし負う急登の笠新道だが、実際にはそれほど負担は感じない。ただ、合目毎の標柱に高度が印されており、それが道行きの遠さまで示しているようで、やはりそう甘くはないぞ、というところか。ただ、雨がやんでくれているのが幸いで、見上げていた谷向こうの尾根がいつのまにか目の下になり、その向こうに、稜線部は雲の中ながらも、穂高の連稜が姿を見せ始め、着実に高度を稼いでいるのがわかる。やっと飛び出した杓子平で大休止。ガスがながれ、笠がその勇姿をみせる。ピーク部のガスは取れぬものの笠の膨大な山体が目前に圧倒的。このときは、これがこの山行の笠の見納め、最高の展望になろうとは思わず、天候の回復を無邪気に喜ぶ三人であった…。

 ここから稜線まで、そこここに夏の名残のチングルマの綿毛や、まだがんばっているウサギギクなどの花々が飽きさせない。稜線にでたが、ガスにおおわれ、展望なし。かつて、黒部五郎から望んだ笠の秀麗を思い出せば、こちらからの眺めも如何ほどか。広がるはずの北アのパノラマを想像しながら黙々と歩を進めて、1:30にテン場に着く。ここで、山田氏が満を持して5人用ゴアテンを初登場させる、が、無情にも雨が降り出し、あろうことか縫い目から雨漏りまでするではないか。

 小屋の話では、雨は8月11日以来とのこと。これは赤澤の前北ア山行の日であるから、天罰も疑いたくなるところだ。衰えぬ雨脚で、ついにはテントに浸水。ふて腐れてそうそうに寝る。そういえば、雨のテント泊など久しくしていない。

 9/7 相変わらず雨。当初、クリヤ谷へ降りるつもりだったが、ピークピストンに計画変更である。テン場から小屋までは案外歩かされる気がするが、ピークは小屋からひといきである。吹き付ける雨のなか長居も出来ぬのでとんぼ返りで引き返し、テントを畳んで下山にかかる。6:40発。途中、緑に広がる播隆平や白く切立つ杓子平上部の岩壁が、ガスのなかから浮かび上がったのが慰めである。昨日は穏やかだった杓子平も沢筋をかなりの流れが洗っている。また来るぞ、もういいわ、とそれぞれ思いを口にしながら笠新道を下って行けば、雲をぬけたか、雨も次第に上がってくるのであった。

 林道にでたところで、軽トラに拾ってもらい、駐車場へ。その後、下山後の定番どおり当夜の宿、新穂高温泉の深山荘へむかう。一軒宿なのだが、めしもうまくなにより川端の混浴三段大露天風呂が豪快である。夕刻からまたしても降り出し、結局ひと晩降り続いた雨のため、翌朝、宿のまえの蒲田川は濁流となっていた。安房峠も通行止めになったため、高山から野麦峠をこえ松本へ。山小屋でだべって、今山行の幕となった

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山行記録 恵那山

恵那山 ’97.4.26~27

メンバー:永井 三好 山田 赤澤

コース:4/26 黒居沢登山口 1:50 野熊ノ池 0:50 水場 0:10 山頂避難小屋 [3:10]

4/27 山頂避難小屋 1:45 大判山 0:30 鳥越峠 0:40 神坂峠 0:50 強清水 [3:45]

 4/26 長野から京都へ、また、京都から長野への車窓にその姿を何度見ただろう。派手さはないが、その頂稜を長く引いた量感ある、あたりの山々を圧して大きな山容には、いつも目をひかれずにはいられない。中津川で降りれば、恵那山 はあいかわらず、無口にずっしりとかまえている。遅れて来た一人を待って、タクシーに乗り込む。登山口についたのは昼も近く、駐車場には、すでに何台もの車が停まっている。木々の芽吹きにはまだはやく、明るくひらけた空は、まさに「雲ひとつない」透き通るような上天気だ。昼飯をすませ、歩き出す。 

 はじめは荒れた林道を行くが、山道に入り小屋を 過ぎれば沢筋に急登が続く。谷が狭まってきて、道も緩やかになれば、野熊ノ池。ようやく展望が開ければ、白く大きな山々の連なりが目に飛込んでくる。どこが見えているのだと、ちょっと戸惑ったが、地図をひろげれば、それは紛れもなく南ア。荒川三山が真正面である。一方、縦向きから望む中アは、幾つもの山が重なりあって、いつも見慣れた横に並んだ眺めとはずいぶんと様子がちがう。ひと登りすると、はじめて恵那の頂上部を見る。緑におおわれたそれは、どうもいまひとつ、ぱっとしないようにも思える。ちょっと無口すぎるのであろうか、この山は。これまで、意外なほどになかった雪が、ここらあたりから現れはじめる。頂稜の下を巻きながら、展望のない陰鬱な針葉樹林のなかの道を行く。ずいぶん歩いた気がした頃、雪の中にぽっくり落ち窪んだ水場を見つけた。これから先には水がないので、ここで10リットルのポリタンをいっぱいにして、交替で持ちながら先を急げば、しばらくであたりがひらけて山頂避難小屋がみえた。小屋を入ったところには、ストーブがあってさかんに薪が くべられており、とても暖かい。荷を下ろして、ピークを踏みに行く。小屋の裏手から縦走路に入ってしまったが、来た方向に稜線を10分も登ったところである。展望はないが、静かな頂。日も傾いてきたので、もどって夕飯にとりかかった。夜、彗星がみえるという声でおもてに出れば、天頂近く、ヘール・ボップ彗星がうっすらと尾を引いていた。

4/27 寒さに震えながらご来光をみたあと、朝飯をすませ小屋をあとにする。 6:20発。雪が深いが、よくしまっていて歩きやすい。いつまでも、平坦な道がつづく。これが、あの恵那の長い頂稜部なのだ。それが終わると、こんどはいっきに高度を下げる。キックステップを刻んだり、グリセードの真似事をしたりしながら、にぎやかにゆく。なにしろ、今日も昨日続きの好天で、気分も晴れやかである。何ヶ所か切れ落ちたところもあるが、だいたいは歩きやすい道で、大判山のあたりまでくれば雪もすっかり消えている。いちど、鳥越峠へ下り、登り返せば、富士見台の笹でおおわれたやさしい姿がもう目のまえである。振りかえれば、恵那が深い緑の山肌に沢筋の残雪を白くきざみこんで、大きい。その風格はやはり、名山のものには違いない。下方に舗装された道をみながら、気持ちのいい笹原を下ると神坂峠。さっそく、前々から見てみたかった、峠の遺跡へひとり行ってみる。かつて、古代東山道がこの峠を越えており、いにしえ人が峠の神に道行きの無事を祈った、というところだ。いまではここまで車が上がってくるが、タクシーに乗るには強清水まで行かねばならない。予定よりかなりはやくおりてしまったので、折りしも来た車の自動車電話を借りて、予約の時間を早めてもらう。ところどころで、車の道を歩いたり、突っ切ったりしながら下る旧来の道をゆけば、やがて、水量ゆたかな強清水につく。のどを潤し汗を拭っていれ ば、のんびりするまもなくタクシーがやってきた。

 中津川にもどり、レンタカーを借りてから、手当たりしだい電話してみつけた当夜の宿、下島温泉は仙游館へと向かった。

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