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2010年9月

書評 『変わりゆく大学図書館』 逸村裕,竹内比呂也編 勁草書房(2005)

「図書館界」57(5)(2006/1)掲載

 『変わりゆく大学図書館』は,図書館を取り巻く社会の変化の中で,これからの図書館像を模索する大学図書館の「今」を切り取ったスナップショットである。本書は,第I 部「今日の大学図書館のあり方」,第II 部「新しい機能とサービス」,第III 部「サービスを支えるマネジメント」の3つの切り口から,複数の著者が,現在の大学図書館に関わる様々なトピックを論じる形式を取っている。
 第I部は,現在の大学図書館の「見取り図」といえる。まず,大学図書館の予算・人員などの現状や大学図書館に関わる政策の経緯を示す。そして「大学改革」が求められている状況を軸に,大学図書館の機能と目的,それを実現するための組織のあり方が考察される。変化の中で未来を見通すには,過去と現在,そして自らの位置の客観的な把握は欠かせない。ここでは,日本の大学はこれまで「教育」と「研究」という機能を十分に果たしてこず,大学図書館もそうした大学のあり方に寄り添ってきたに過ぎないことが指摘される。その上で,今後は大学図書館がその本来的な役割を果たすことで,自らが「大学の教育と研究の環境を改革していく」(p.26)べきであるという主張は,「見取り図」の先の大きな方向性を指し示そうとするものだろう。
 第II部では,情報化や電子化,ネットワーク化といった図書館機能に関わりの深い変化へ対応する大学図書館の姿が示される。取り上げられるのは,「情報リテラシー教育」,「図書館ポータル」,「メタデータ」,「機関リポジトリ」,「デジタル・レファレンス」,「電子ジャーナル」,「電子図書」。もっともこれらの取り組みの基盤にあるのは,例えば「情報リテラシー教育」は「利用者教育」,「メタデータ」ならば「目録」といった,従来の図書館機能の構成要素であろう。では,これまでの機能と何が違うのか,共通するものは何なのか,またこれからどう展開していくのか。本書はそれぞれのトピックについて,背景と現状,そして今後の展望がセットで解説されているため,各トピックを理解しながら,全体を通して「図書館の機能」を捉えなおすこともできるだろう。
 第III部は,「地域連携」,「図書館コンソーシアム」,「アウトソーシング」,「図書館の評価」,「史料管理」の話題が,図書館経営の視点から語られる。これらのトピックに共通するのは,社会全体の変化が,図書館という組織にも変化を迫っている構図である。それは,図書館固有の価値観や手法だけでは,図書館マネジメントが為し得なくなっていることを示しているといえるだろう。ここでは,伝統的な図書館機能の一つと言える「史料管理」も,むしろアーキビストからの図書館に対する提言となっているのが興味深い。また,「アウトソーシング」や「評価」も,図書館の目的のためにどう使いこなすか,という視点で語られる。

 さて,本書のタイトルのとおり,各章の記述のベースをなすのは,「変化」というテーマである。もっとも,やや逆説的な言い方をすれば,図書館は常に「変化」とともにあった。例えば,大学図書館にとって,70-80 年代の「機械化」は,大きな変化であったはずである。しかし,現在の「変化」がこれまでと違う点は,図書館が対象とする資料の広がりであり,利用者像の多様化であり,またそれらが急激に進行していることである。そして何より,機能面や組織面において長らく図書館のフィールドだったところに,様々なプレイヤーが入り込んでいることが,最大の変化であろう。いわゆる図書館のアイデンティティの危機である。だが一方,図書館が社会とともにある以上,その変化に応じて自らの姿を変えていくのは,必然ともいえる。そしてまた,過去に振り返れば,図書館像の変化が図書館に新たな可能性をもたらしてきたのは確かであろう。そこにおいて,「現在の状況をして,図書館をよりよくするチャンスにすべし」という,本書が発するメッセージは心強い。
 ところで,本書で取り上げられる図書館の新しいサービスや機能は,欧米で先行しているものがほとんどである。図書館が変化に見舞われている状況は日本と変わらないだろうが,その中で多様かつ新たな取り組みを具現化していくパワーの背景は,なんなのだろうか。ともあれ,図書館が置かれたコンテクストが違う以上,「新しいサービス」を現場で適用していくには,難しい課題も多い。いまや「電子ジャーナル」は,大学の一つの役割である「研究」において不可欠のものとなっている。これは,医理工系を中心とする研究スタイルや,簡便に文献を入手したい研究者の嗜好にマッチしたためであろう。しかし,「教育」における機能については,どうであろうか。実際のところ,単位のもらえない情報リテラシー講座に,学生はなかなかやってこない。また,自ら調べる必要がなければ,「デジタル・レファレンス」にアクセスしないだろうし,図書館の本を使って勉強する授業がなければ,「電子図書」コレクションは使われないだろう。こうしたことは,本書が指摘する,日本の大学教育のあり方という根深い問題につながっている。だが,これからの大学において,「教育」の重要性がますます高まろうことは,常に言われるところである。現在,研究支援の側面では,電子ジャーナルを巡って,図書館コンソーシアムを結成してのコレクション導入などにより,図書館が大学の中での主体的な役割を果たしつつある。そこで今後の可能性として,教育支援の側面からも図書館が大学で果たすべき役割を構築するステップとして,「新しいサービス」を活かすこともできるのではないか。
 なお,言うまでもなく,本書で示されるのは,大学図書館の可能性の諸相である。多様化する社会においては,当然,様々な大学図書館像がありうる。例えば,電子的な学術情報環境を先導的に整える図書館があれば,一方,他組織と融合していく図書館もあるかもしれない。電子的資料と紙媒体資料への重心の置き方も,それぞれの図書館の方向性によるものだ。また,従来の「学生の居場所としての図書館」の存在も忘れてはなるまい。「本のある静かな場所」という像は,他の組織にはない大学図書館のブランドイメージであろうから。

 これからの図書館像に考えを巡らすとき,本書に示される課題や理念,豊富な事例からは,多くのヒントを得ることができる。もっとも,そこから導かれる図書館のあり方が,いくら同業者の間で共有されても発展性を欠く。よって,前書きにある「図書館に関心を持つ人すべてに向けた大学図書館からのメッセージ」という言には,共感するところ大である。ただし,多方向からの詳細なアプローチで,大学図書館像のアウトラインを描こうとする本書の構成によるものであるが,図書館に関わりが薄い人にとっては,そのメッセージがストレートには伝わりにくい部分もあるかもしれない。しかし,本書から得たものを咀嚼して伝えること,そしてそれを具体化し各図書館に落としこんで実践することは,むしろそれぞれの図書館に託された課題といっていいだろう。
 冒頭の繰り返しになるが,本書で取り上げられているのは,あくまでも大学図書館の「今」である。そして,図書館を巡る変化はあまりに激しい。本書の意図が,大学図書館の方向性を指し示すことだとしたら,その有効な期間は,おそらく長くはない。けれどそのことは,変化に応じた図書館の新たな発展を示すものであり,何年後かに本書が振り返りの対象となっているとしたら,それは当初の意図が果たされたことを意味しているだろう。現在,図書館に関わる者に求められているのは,変化の方向を見据えながら,図書館のあり方を自らデザインしていく力に違いない。つまり,「今」の先にある図書館のあり方を描くこと。これが,本書から与えられたもう一つの課題であろう。

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「“図書館職の記録研究グループ”からの中間報告」 日本図書館研究会研究例会(第269回)報告

 「図書館界」62(3)(2010/9)掲載

 はじめに、『図書館職と東南アジア : 地域研究情報資源、シニアボランティア、カンボジア』(2009)を著された北野康子氏が、「『図書館職と東南アジア』を書いて」として、執筆過程の体験と併せ、取り上げられたトピックに関わるエピソードを話された。

 同書は1966年にハワイ大学に留学後、京都大学東南アジア研究センター(現東南アジア研究所)の図書館員として24年間働き、定年退職後はカンボジア現地で大学図書館の運営支援に携わったライブラリアンの仕事の記録であり、またライフヒストリーである。自らを「モラトリアム人間」だったとする北野氏だが、「図書館は天職」(書名候補のひとつだったという)とされてから、図書館員や女性の地位の低さにショックを受けながらも、「ライブラリアン」としての問題意識と実践をもって、図書室を構築し運営されてきたことがお話から伺えた。また、書名は「ライブラリアンとして働いたことを通じて、いかに東南アジアと関わったか」の意味だという。現役時代からの東南アジアの図書館関係者との豊かなつながり、そしてカンボジアにおける厳しい状況の中で、図書館を整備した経験と現地の人々との活き活きとした交流の様子は、北野氏の毅然としてかつしなやかな人となりと合わせて、プロフェッショナルとしての誇りと覚悟をもった生き方を感じさせるものであった。なおこの本は、「現代図書館史のなかに司書の自己形成と仕事の記録を残すこと」を目的とする「図書館職の記録研究グループ」の活動のひとつとして発行されたものである。

 ついで、深井耀子氏より、同グループの研究テーマ及び研究手法に関する報告があった。まず、従来図書館の研究や館長についての記録はありながら、そこで働いてきた一般の図書館員の記録が残されていないという問題意識に立脚し、主に1960年代後半以降を対象に、図書館員の生きた記録、とくに女性司書に焦点をあてた研究をするとされた。対象とする記録の例には、当事者の書き下ろし記録、追想文集や遺稿集、図書館通信や書簡等があるという。しかし、アメリカでは図書館女性史研究が行われつつあるものの、男女問わず図書館職が確立していない日本の現況から、館長職も含めて多様な個別事例を収集し研究していくことを目指すとされた。具体的な活動としては、当事者による記録の編集発行、記録に解説を付したリストの作成等をあげられた。とくに森耕一氏の『図書館との半生 : 読書・思索・智命』(1993)を取り上げて、解説付リストの実例を提示された。

 さて、筆者は同じ大学の図書館員として、北野氏がご退職される前のお姿をお見かけしていた。しかしながら『図書館職と東南アジア』を手にし、今回のご報告をお聞きして初めて、そのお仕事の実際を知り、またその生き方に打たれることになった。こうした一図書館員の確かな足跡が、次に続く世代に記録として示されることの意義は、図書館を巡る研究と実践にとって小さくないだろう。なお、ハワイ大学の学生として、また東南アジア研究所のライブラリアンとして、30年以上後の後輩にあたる北村由美氏による同書の紹介が「図書館界」61(6)に掲載されている。併せてご一読いただきたい。

日時:2010年3月6日(土) 14:00~16:00
会場:大阪市立難波市民学習センター
発表者:北野康子氏(元・京都大学東南アジア研究センター図書室主任)、深井耀子氏(椙山女学園大学名誉教授)

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