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2010年5月

書評 『出版流通合理化構想の検証:ISBN導入の歴史的意義』 湯浅俊彦 ポット出版(2005)

「大学の図書館」25(5)(2006/5)掲載

 図書館員にとって、ISBNは身近な存在である。例えば書誌を検索するとき、とりあえずISBNを打ち込むのはごく日常のことだ。しかし、1980年代にISBNが日本に導入された経緯や導入の是非を巡って繰り広げられた大論争については、必ずしも知られていないのではないか。ISBNの導入から四半世紀を経た今、本書は導入の裏面史とISBNが出版業界やその関連領域に与えたインパクトを描きだす。

 第1章は本書の意図を示す。それは、ISBN導入を巡る関係団体・機関の思惑と論争を再構成すること、またそこを起点にして、書誌情報整備や出版流通合理化という現在まで続く問題に迫ることである。続く第2章から第4章は、本書の核心といってよい。ここでは、導入推進側と反対側双方の主張とその背景が明らかにされていく。まず第2章で、ISBN導入のきっかけは、海外からの要請に基づく国会図書館から出版界への働きかけであったことが明らかにされる。第3章は、導入に賛同した出版社、取次、書店の業界団体および図書館界それぞれが、ISBN導入の意義をどう捉えていたのかを整理する。出版業界が意図していたのは、ISBNをキーコードにしたコンピュータ化・物流情報一元化によって、売上増とコスト減を図ることであった。一方、図書館サイドのメリットとされたのは、1)出版情報や出版物入手の迅速化、2)総合目録の実現、3)印刷目録カードの発注キー、4)貸出管理、といったものであった。ここで注意したいのは、出版業界が「図書館のために出版流通合理化をはかろうとしたのではない」(p.56)ことだ。著者は、図書館の資料購入費が出版販売総額のごく一部であるという現実上、出版業界が図書館に注意を向けにくいこと、そしてそれは現在の電子タグ装着をめぐる状況等においても再現される構図であることを指摘する。さて、導入推進側が思惑の不一致を含みながらも推進団体を組織していたところへ、中小出版社を中心としたグループによる導入反対運動が展開された。第4章はこの反対運動に焦点を当てる。反対の根拠は、1)大手業界団体主導の不透明さと中小出版社への差別的扱い、2)コンピュータ化に伴う取次支配拡大と中小出版・書店のコスト増の懸念、3)通産省や国会図書館による出版統制の懸念、4)貸出記録の目的外利用の懸念、として整理される。著者は、ここにも90年代のバーコード導入問題や近年の電子タグ導入問題で繰り返される構図があると言う。つまり、大手の出版・取次・書店対中小という「出版業界が抱え続けている諸団体間の構造的課題」(p.147)だ。またコンピュータ化と個人情報保護の問題をめぐる構図の再現も見える。こうしたISBN導入を巡る論議を整理し、その後の出版流通史を俯瞰する著者の視点は、図書館界と出版業界の関係、また出版業界に内在する複雑な問題の関係を鮮やかに見せてくれる。第5章は、ISBNがその後POSレジ等の販売データ管理、書誌レコード共有、バーコード導入、物流倉庫自動化など出版業界に与えた影響を読み解く。そしてこうした展開の起点となったISBN導入問題を「書誌情報・物流情報のデジタル化前史」(p.145)と総括する第6章で、本書はまとめられる。

 さて、本書の特長を三つ挙げるならば、一つ目は豊富かつ幅広い文献の渉猟である。ISBN導入問題は、現役の書店人である著者が1978年の入社時より関心を持ってきたテーマであり、当時から資料を収集してきたという(あとがき。なお本書は著者が昨年提出した修士論文をもとにしたものである)。そうした出版関係団体紙・誌や声明文、図書館関係誌のレビューによる実証的考察と当時の雰囲気を伝える記述は、本書を読み応えのあるものとしている。巻末に付されたこれら文献のリストおよび関連年表は価値あるものであろう。
 二つ目は、図書館への深い目配りである。これは著者の前著『デジタル時代の出版メディア』から一貫したものである。一方、同じ「出版メディア」に関わる業界でありながら、図書館界から出版業界へのアプローチは決して多くない。例えば、出版流通の現実的問題に限らず、「出版の自由」と「図書館の自由」という本来は相通じる理念さえ共有されていなかったことは、ISBN導入反対運動における出版統制や貸出記録を巡る主張からも窺える。こうした状況は現在でも変わらないのではないか。ところでISBN導入が実際に各図書館にもたらしたメリットとして、著者は「ISBNによる書誌識別の容易化からの総合目録の発展」や「ISBNとリンクしたJAPANMARC普及による印刷カード不要化」をあげる。しかし少なくとも大学図書館においては、ISBNは絶対的に有意なものと見なされてこなかった感がある。これは、1)出版社のISBN付与が図書館的書誌コントロールの精度と一致しないためユニークキーに為り得ないこと(刷と版の無区別やセットもので物理単位に付与されないケース等)、2)ISBNが付与されない図書の存在、などによるものと考えられる。特に前者は本書が述べる「図書館のためにISBNを付与しているのでない」ことによるのだろう。もっともISBNが書誌検索にとって便利なキーであることは確かだし、またISBN導入と図書館のコンピュータ化やNACSISの発展の時期が重なっていることは、時代背景としても興味深い。
 本書の特長の三つ目は、記述の背景にある歴史の先に今後の展開を見通そうとする視点だ。例えば出版流通情報のデジタル化・ネットワーク化の先に、出版業界の構造変革の可能性を見る(p.142)。実際、ISBN導入が出版物流を効率化したとはいえ、個人のニーズに出版業界が構造的に必ずしも対応しきれていないのは、Amazonなどネット書店の隆盛が示しているように思う。そしてこのAmazon上の書誌情報へblogなどからリンクするキーにISBNが使われている。出版物流合理化のためのものだったISBNだが、インターネットの世界では一般の個人が情報共有のために使うようになったわけである。そしてAmazonの利用者は、購入情報を提供することで推薦商品情報を得ている。そのほうが「便利だから」だ。そこにあるのは、物流に縛られない情報の交換の姿と25年前ISBN導入反対の根拠となった「個人情報が管理されることへの危機感」とはかけ離れた価値観である。さて、本書では触れていない話題に、ISBN13桁化がある。これが海外からの要請によることは25年前と同じ構図であるが、その背景は欧米での電子ブックなどデジタルコンテンツへのISBN付与による番号の払底である。これを踏まえた著者は、別稿で「皮肉なことに時代はすでに書誌情報・物流情報のデジタル化から出版コンテンツのデジタル化へと移行しつつある」という問題意識を述べる(「日本におけるISBN論争」『出版ニュース』No.2057:2005.11)。デジタル化、ネットワーク化と目まぐるしく変化する状況の先に、著者が見ている像は何であろうか。そして今、本書が語る出版流通のデジタル化を巡る歴史の先に、時代の変化とリンクした未来を見通す視線が求められるのは、図書館員も同じである。

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OCLCが提供する大学図書館向けの新サービス

「第39回全国大会(2008年) 企業セミナー1“OCLC が提供する大学図書館向けの新サービス”」 参加報告
「大学の図書館」27(12)(2008/12)掲載

 紀伊國屋書店により、OCLCが提供する電子ブックサービス”NetLibrary”およびリンクリゾルバ”WorldCat Link Manager”の紹介とデモが行われた。
 NetLibraryは、欧米出版社のコンテンツを中心に17 万タイトル以上が搭載されているアグリゲータ系電子ブックサービスの老舗であり、海外では多くの図書館で導入例がある。昨年より提供が開始された国内出版社のコンテンツは、既に500 余タイトルが搭載されており、2009 年度には5000タイトルの提供が予定されている。和書の搭載には、紀伊國屋書店が出版社とNetLibraryの間に立っており、対象は文理を問わず大学図書館で利用される「基本図書」を対象とするとのことであった。
 ”WorldCat Link Manager”は、webサービス上で利用者を電子ジャーナルやOPACなど的確な情報資源へナビゲートするリンクリゾルバといわれるシステムであり、他の海外ベンダー製品は国内でも導入例が増えつつある。”WorldCat Link Manager”は、カスタマイズや日本語コンテンツへの対応、日本向けサポート体制が充実していることを特徴として強調されていた。
 さて、電子ブックの導入が国内大学図書館で拡大しない理由のひとつとして、和書コンテンツの不足が指摘される中にあって、NetLibraryの動向は注目されるところである。しかしながら、NetLibraryは「出版社および著作者の権利を尊重するという考えをもとに設計」されているため、「複本」を購入しない限り、複数同時アクセスはできなくなっていることや表示と印刷は1 ページずつしかできないことなど、web上のコンテンツの利点を損なっているところがある。これは、電子ブックの導入と活用において、図書館や利用者にとっての障壁となりかねない点として、今後の改善が望まれる。一方、図書館には、リンクリゾルバといった新たなツールの導入や伝統的なツールであるOPACで電子ブックを検索できるようにすること (OCLCはMARCを提供している)などによる視認性のアップ、さらには授業における使用など教育と連携した利活用を図るといった方策が求められてくるだろう。

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